石川啄木な病院生活
2006 / 07 / 23 ( Sun )


 石川啄木という詩人がいた。彼の詩を引用して病院生活を説明したい。
 
(当直直後に浮かぶ詩)
 
何事も思ふことなく
いそがしく
暮らせし一日を忘れじと思う
 
「何も考えれないほど忙しかった一日、忘れたくない」
 
 
(その後家に着いて浮かぶ詩)
 
こころよき疲れなるかな
息もつかず
仕事をしたる後のこの疲れ
 
「気持ちいい疲れだなぁ、息もつかず働いた後のこの疲れ」
 
 
(初めてのボーナスを貰った時に浮かんだ詩)
 
はたらけど
はたらけど猶わが生活樂にならざり
ぢつと手を見る
 
「頑張って働いてるんだけど生活が楽にはならないなぁ」
 
 
(身体が重いくらいにしんどい時に浮かぶ詩)
 
この次の休日に一日寝てみむと
思ひすごしぬ
三年このかた
 
「この次の休日は一日寝てやる、と思って三年経ちます」
 
 
(それでも人間関係で頑張ってる自分に気づいた時に浮かぶ詩)
 
世わたりの拙きことを
ひそかにも
誇りとしたる我にやはあらぬ
 
「世渡りが下手な自分をひそかに誇りとしてた俺だったのに」
 
(けどやっぱり思うこと)
 
やはらかに積もれる雪に
熟てる頬を埋むるごとき
恋してみたし
 
「ふわふわの積もった雪にほかほかの頬を埋めるみたいな恋してみたい」
 
 すげぇぜ、石川啄木!!
 
       
               
        恋してみたし研修医
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雨上がりの夜に。
2006 / 07 / 21 ( Fri )


好きな人がいて、不安になったり、苦しくなったり・・・人と接すると、楽しいだけじゃなくて、そういったちょっと切ない気持ちが必ずつきまといます。
幸せすぎると尚更、その反動はおっきいのかもしれません。。。どんなに愛していても、その想いをすべて伝えることは無理で、でも全部伝わらないからこそ、また一層愛してしまう。。。
人って素敵で奇妙な生き物ですね。
私は人が大好きです。
これからも友人、知人、愛しい人に愛を自分なりに注いでゆこうと思った当直の夜更け。。。
病院とは、不思議な所で、そこに来る人々はとっても非日常的な場所なのに、そこで働く私たちにとっては日常的な場所です。
そんな病院内での生活もかれこれ3ヵ月半が過ぎました。。。あっという間だった気もするけれど、まだ3ヵ月しかたってないのか・・・とも思います。
3ヵ月もたてば、とりあえずは病院内で患者様の前以外では少しリラックスもできるようになってみたり、今日のような当直の合間に雨上がりの夜空を眺めてみたり・・・プライベートなことに、胸をキュンとなったり。。。それもこれも少し心に余裕が出てきた証拠なのかもしれません。
 
笑顔で過ごせる時間が少しずつ長くなった、恋する研修医。
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とりとめのない話
2006 / 07 / 15 ( Sat )


   
いつもくだらないことばかり私事ばかりを書いているのでそろそろ怒られそうではある。よし、今回も私事を書かせていただこう。
 
「先生はサービス精神旺盛ですね。凄くちゃんと説明してるし」
 
   
昨晩患者さんを診た後に言われた台詞である。自覚はないが普段から口から生まれたと言われている人間である。そんなところもあるのかもしれない。
 
   
人は言葉しか伝える手段がないくせに、言葉はあまりにも不確かで。おそらく伝えたい事の1%も伝わらない事が日常にはゴロゴロしていると思う。伝えたいのに伝わらないのか、伝わらないのに伝えたいのか。後者の方が救いがある、そう考える私は言葉を紡ぎ、重ね、冗談ばかりを言い、アホだと言われる。笑えれば上等、そう思う。くだらないこと言って馬鹿みたいに笑う。そんな普段が大好きだ。
 
   
死ぬ事が負けならば、医者は敗北が決まった悲しい仕事なのかもしれない。けど死ぬ事が負けじゃないならば、そう思って患者さんと喋り続ける。あまりに無力な私は喋り続ける中で大切な人を患者さんに思い重ねてしまう。会いたいけど会えない大切な人。もちろん患者さんにとって私は大切な人ではなく、医者であってほしいだけだろう。だとしたら、まだまだ青く、まだまだ未熟だ。
 
   
いつだって会いたい人は遠くにいる。遠くにいるから会いたいのか、会えない時間が愛おしさをつくるのか。「友、遠方より来る。また喜ばしからずや」、それが友達ではなくても会いたい人は遠くにいて、会えたら嬉しいものなのだろう。
 
   
さて。とりとめのない話である。このとりとめのない話をつい先日死んだ祖母に捧げます。1%どころか、全く伝わるわけがないことはわかっていても。医者になったことを凄く喜んでくれた。それなのになかなか会えなかった。まだまだ未熟で死ぬ事を負けにしたくない私は汗をかきながら患者さんと喋り、いつだって祖母のことを思い出しています。只今、朝の5:43。さっ、患者さんに呼ばれたし、喋ってきますわ。
 
       
               
               
私事ばかりの研修医
 
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したのお話
2006 / 07 / 08 ( Sat )


 研修医が病院を選ぶ際によく聞くフレーズが「色々やらせてくれるか」である。学生時代にはお地蔵さんのように突っ立って見ているだけの実習が多いので無理ないことである。さらにはやることによってスキルアップにつながるわけで、研修病院選びとして重要な要素の一つである。
 
 だからこそ、仕事が始まったばかりの研修医が何人か集まると「俺は今まで○○を何件した」「私だって××をした」といった感じで何を「した」話に花が咲くわけである。そこでお互いライバル心を燃やしたり、燃やさなかったりもしてみたり。
 
 で、働き始めてから3ヵ月が経過しました。色々なことをしてみて、色々できるようになったかわりに「した」話をしなくなりました。なぜなんでしょうか。皆疲れているんでしょうか。
 
 かくいう私もつい先日は色々と「した」当直明けで疲労困憊、病院内をふらふらと歩いておりました。すると忙しかったために食事をしなかったのが悪かったのか、急にお腹が痛くなってきまして。そこで医師だけが使うトイレに入ったんです。
 
 そこで速やかに、かつ慌てず少し優雅に座ろうとした私。しからば!
 
 そこには大量の○便が(○には小の反対の意味の漢字が入るかもしれません)!
 
 いやいや、そんな、まさかね、皆に先生、先生と呼ばれてる人たちしか使わないトイレでまさかね、そうだ、昨日疲れてたから幻覚ちゃうか? よし眼を閉じてワン、ツー、スリー! ここで眼を開けるとほら不思議、そこには大量の○便が、っておい! やっぱあるよ! っていうか、さっきから臭かったしね。まさか疲れてた、とか忘れてた、とか急いでたとかいう理由ではないだろう。しっかり拭いたあとはあるし。
 
と、トイレの中心でノリツッコミしてしまいました。しかし叫んだからといって腹痛が収まるわけでもなく、わだかまりと塊を水に流してほっと一息。次は私の番だ、と言わんがばかりで腰を据えました。そこで私の眼に飛び込んできたもの。
 
 前面に付いているトランクスのタグ。なんか変だと思い、拭き終わった私は自分のトランクスを確認。正直に言いますとね、私は前後逆、表裏逆で履いていました。さすがに上下逆ではありませんでしたが。やっぱりね。疲れてた、とか忘れてた、とか急いでたとかいう理由でしょうね、きっと。
 
   
今回タイトル通り、充実感と爽快感をともなう「した!」話をしようと思ったのに、疲労感と残念感あふれる「下」の話になってしまった。しかたがない、そんなに疲れるぐらいに頑張ってますってことで上手い事まとめたことにしよう。そうしよう。
   
       
               
           
疲労困憊で少し変な研修医
 
 
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